東京高等裁判所 平成7年(行ケ)3号 判決 1996年12月25日
大阪府門真市大字門真1006番地
原告
松下電器産業株式会社
代表者代表取締役
森下洋一
訴訟代理人弁護士
中村稔
同
松尾和子
訴訟代理人弁理士
大塚文昭
同
竹内英人
同
平井正司
同
滝本智之
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
指定代理人
小池正利
同
鈴木泰彦
同
幸長保次郎
同
伊藤三男
主文
特許庁が、平成5年審判第3534号事件について、平成6年10月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年6月28日、名称を「スクロール圧縮機」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭59-134209号)が、平成5年1月26日に拒絶査定を受けたので、同年2月25日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成5年審判第3534号事件として審理したうえ、平成6年10月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月8日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
渦巻状のラップが鏡板上に直立してなる固定スクロールと旋回スクロールとを〓合わせ、旋回スクロールを自転させることなく固定スクロールに対して円軌道運転させる自転防止機構を備え、前記両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定するとともに、固定スクロールあるいは旋回スクロールの中央付近に設けた吐出穴に臨んで吐出弁を設けたスクロール圧縮機。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭59-105986号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載事項の認定は認める。本願発明と引用例発明との一致点、相違点の認定は、後記取消事由1記載の点を争い、その余は認めるが、相違点の判断は争う。
審決は、引用例発明の技術内容の解釈を誤ったため、本願発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用例発明の技術内容の解釈の誤りによる本願発明との一致点の認定の誤り)
審決は、「引用例に記載された発明は、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定されていることとなり、この限りにおいて、本願発明と共通している。したがって、両者は、・・・両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定する・・・スクロール圧縮機である点で一致し」(審決書5頁10行~6頁7行)と認定しているが、以下に述べるとおり誤りである。
引用例発明は、スクロール圧縮機において、運転条件によっては、吐出側の圧力Pdが容積比Vrから定まる作動室の圧力Pidより高くなる、という不足圧縮を生じるということを認識し、この不足圧縮の条件下では、吐出孔から作動室に逆流を生じる、という問題を認識して、この逆流による損失を防止するための手段として、「両スクロールラップの巻始め部内線の形状を、最内部の作動室の容積がゼロになった後、次の作動室が吐出孔と連通するように定める」としたものである。
すなわち、引用例では、スクロール圧縮機において、運転条件によっては不足圧縮の状態が生じる、ということを認識したにすぎず、設定条件として、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に設定したものではない。
被告は、特定の運転状態を抽出し、結果的に引用例のスクロール圧縮機が「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に設定されていると主張するが、ある状態のときに「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」にあったとしても、このことに基づいて、特定の状態を基準に容積比Vrが「設定されている」ということにはならないから、この主張は、引用例に対する正当な解釈であるとは到底いえない。引用例における不足圧縮あるいは過圧縮の問題は、運転状態によってヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力とが変動することによって生じるのであって、圧縮機の容積比が、不足圧縮あるいは過圧縮となるように設定されているというものではない。スクロール圧縮機の容積比を考えるときに、被告がいうように「結果的に設定されていることになる。」というのは、いかにも無謀な論理である。
また、被告は、「引用例のスクロール圧縮機では・・・ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力の最高圧力比と最低圧力比とのほぼ中間の値となるようにその容積比Vrが設定されている。」と主張し、この主張は、引用例第3図の2-3をみてのことと思われるが、引用例には、圧縮機の容積比Vrの設定に関する記述が全く認められない。この第3図は、不足圧縮及び過圧縮の問題を一般的に説明するための図面にすぎず、容積比の設定まで述べたものではない。引用例は圧縮機の容積比Vrの設定に関して何らの開示も示唆もするものではない。
要するに、審決における引用例発明の上記解釈は、本願出願における明細書の開示を読んで得た知識をもとになされたものであって、その解釈は誤りである。
したがって、この誤った解釈を前提とする審決の、本願発明と引用例発明の前記一致点の認定も誤りである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)
審決は、本願発明と引用例発明との相違点の判断にあたり、「冷媒圧縮機としてのスクロール圧縮機において、スクロール部材の外径を小さくすることにより、小型・軽量化を図ると共にどの様な運転状況においても冷媒ガスを過圧縮することなくヒートポンプエアコンを全シーズンにおいて高効率で運転可能とするためには、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比の内の生じ得る最小の値以下とすれば良いことは当業者が格別の考案力を要することなく容易に想到するところである。そして、どの様な状況においてヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比が最小の値となるかは、種々の状況下でヒートポンプサイクルを実際に稼働して上記各圧力を計測することにより見出せば良い単なる設計的事項にすぎず、本願発明において、基準となる容積比を決定するヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力を夏季冷房時の代表的な値とした点に各別の発明性はない。」(審決書7頁6行~8頁5行)としているが、以下に述べるとおり誤りである。
まず、本願発明の課題について述べる。スクロール圧縮機を採用したヒートポンプサイクルにあっては、圧縮機の圧縮完了時の圧力Pidとヒートポンプサイクルの凝縮圧力Pdとの間に偏差を生じ、この偏差のために、不足圧縮(Pid<Pd)の問題と過圧縮(Pid>Pd)の問題を生じる。このような技術的課題に対して、全シーズンを通じて効率よく運転を行うには、年間の運転のトータルロスが小さくなるように圧縮機の容積比を設定する、というのが一つの考え方であり、従来の当業者の常識は、このような設計手法を採用することであった。
しかし、この従来の設計手法は、スクロールの渦巻きの最終巻き角度が大きくなり、スクロール外径が大きくなるという問題を伴う。特に、この問題は、行程容積が比較的小さいスクロール圧縮機において顕著である。また、スクロールラップの加工には、ミクロンオーダーの寸法精度が要求されるが、渦巻きの最終巻き角度が大きいと、ラップの長さも長くなって、加工に多くの時間が必要となり、コストアップを引き起こしていた。
本願発明は、このような問題点に着目して得られたもので、外径が小さく、かつスクロールラップの加工時間が短いスクロール圧縮機を提供することを解決すべき課題としている。
そして、本願発明は、上述の課題を解決するために、スクロール圧縮機において容積比を設定するにあたって、吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を従来よりも小さくするものであるが、単に小さくするのではなく、従来、当業者が考えてもみなかった「ヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比」を基準とし、この容積比以下に設定することにより、目的とする課題を解決することができたものである。
これに対し、引用例には、このように設定条件を定めることについて、何らの示唆がない。審決には、前記のとおり、本願発明と引用例発明との共通点につき重大な認定の誤りがあるのであるから、この誤った共通点の認定を前提とした相違点の判断に関する主張は失当である。
なお、引用例には、スクロール圧縮機において、スクロール部材のラップの巻数を減らし、外径を小さくすることについての記述があるが、この巻数の減少は、吐出孔から作動室への逆流の防止によって達成されるものであるのに対し、本願発明によって達成されるラップの巻数の減少は、上述のように設定条件を定めるために容積比が減少することによるものであるから、同じように巻数の減少といっても、それを達成する手段は全く相違する。
被告は、乙第1号証ないし乙第4号証を引用して、本願発明において、基準となる容積比を決定するヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力を夏季冷房時の代表的な値とすることは、設計事項にすぎないと主張している。
しかし、乙第1号証及び乙第2号証に開示された技術は、単に容積を可変にする技術を開示しているにすぎず、圧縮機の容積比の設定に関して何かを教示するものではない。
また、乙第3号証及び乙第4号証により、夏季冷房時の圧力比の方が冬季暖房時の圧力比より相対的に小さいことが周知であると認められるとしても、これをもって、本願発明のように、圧縮機の容積比の設定を「夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」にするという構成を示唆するものではない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。
1 取消事由1について
引用例のスクロール圧縮機は、圧縮完了時の作動室の圧力Pidがヒートポンプサイクルのある状況における凝縮圧力(吐出側の圧力)Pdと一致するように構成されている(引用例の第3図2、3参照)。
ところで、圧縮完了時の作動室の圧力Pidは、吸入圧力となるヒートポンプサイクルの蒸発圧力Psと、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積Vsと圧縮完了時の容積Vidの比Vr(=Vs/Vid)とによって決定される(Pid=Ps・Vrn(1))。
したがって、引用例のスクロール圧縮機は、圧縮完了時の作動室の圧力Pidをヒートポンプサイクルの上記状況における凝縮圧力Pdと一致させるために、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比Vrが、ヒートポンプサイクルの上記状況における凝縮圧力Pdと蒸発圧力Psより決定される容積比(Pd/Ps)1/nに等しくなるように設定されているということができる(上記(1)式よりVr=(Pid/Ps)1/nであり、Pid=Pdならば、Vr=(Pd/Ps)1/nとなる)。
また、引用例のスクロール圧縮機では、圧縮完了時の作動室の圧力Pidと、吸入圧力すなわち蒸発圧力Psとの比(設計圧力比)がヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力の最高圧力比と最低圧力比とのほぼ中間の値となるようにその容積比Vrが設定されている(第3図参照)。
そして、このように構成されているからこそ、引用例のスクロール圧縮機は、運転条件によっては、上記設定された両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比Vrがその時の状況におけるヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比より小さく、圧縮完了時の作動室の圧力Pidがヒートポンプサイクルの凝縮圧力より小さくなる範囲が生じ、この範囲で不足圧縮となるのである。
そうすると、結果的に上記不足圧縮となる範囲では、引用例のスクロール圧縮機は、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に設定されているということができる。
したがって、審決には、引用例発明の技術内容の解釈に誤りはなく、また、これを前提とする本願発明と引用例発明との一致点の認定にも誤りはない。
2 取消事由2について
スクロール圧縮機において、渦巻きの巻数と容積比及び外径と容積比とが比例関係にあることは明らかであり、引用例にも、容積比の小さなスクロール部材で運転することにより、スクロール部材のラップの巻数を減らし、外径を小さくすることが記載されている(甲第5号証2頁右下欄16~19行)。
本願発明においては、容積比をヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定しているが、単に外径の小さなスクロール圧縮機を得るというだけなら、容積比を適宜小さくするだけで十分であるから、本願発明が殊更上記のように容積比を設定する理由は、過圧縮の防止ないしはその低減にあると考えるのが妥当である。
すなわち、本願発明は、スクロール圧縮機において、容積比を設定するにあたって、どのような運転条件でも不足圧縮となるように、換言すれば、どのような運転条件でも過圧縮となることができないように容積比を設定しているということができる(引用例の第3図を援用すると、吸入完了時の容積Vsを小さくして圧縮完了時の作動室の圧力Pidが2”以下となるようにしている。)。
そして、この点に関して述べると、スクロール圧縮機の外径を小さくすると共に、負荷が小さい場合に過圧縮による損失動力を低減するためスクロール圧縮機の実質的な容積比を小さくするように構成することは、本願出願前の常套手段である(乙第1号証及び第2号証)。
また、エアコンが主として使用される夏季又は冬季の圧力比についてみると、夏季冷房時の圧力比の方が冬季暖房時の圧力比より相対的に小さいことは、本願出願前周知である(乙第3号証及び第4号証)。
したがって、審決が、本願発明のように容積比を設定することは容易に想到しうるとした点に誤りはない。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証(甲第6号証を除く。)の成立については、いずれも当事者間に争いがなく、甲第6号証の成立については、弁論の全趣旨によりこれを認める。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明の技術内容の解釈の誤りによる本願発明との一致点の認定の誤り)について
(1) 本願発明の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これによれば、本願発明は、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定する」ことを特徴の一つとするものであることが認められる。
本願明細書(甲第2~第4号証)には、この点につき、「この吸入完了時の容積V1と圧縮完了時の容積V2の比をスクロール圧縮機の固有容積比(Rv=V1/V2)という。さらに、圧縮機の吐出圧力Pdと吸入圧力Psとの比Rp(Rp=Pd/Ps)は、固有容積比Rvと冷媒ガスの比熱比k(k=定圧比熱/定容比熱)とによって Rp=Rvkと表わされる。」(甲第2号証明細書4頁12~末行)、「従来、スクロール圧縮機においては、固有容積比をRv≒2.7(第4図)前後に選択し、圧力比がRp=2.71.18=3.2(2.9と4.2の中間)になる様にして、年間を通じて効率の高い運転ができることをめざしてきた。」(同5頁10~14行)、「本発明で言及しているヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比とは、冷媒にR22を想定すれば、前述の夏期冷房時における圧力比Rp=2.9より決定される値であって、およそ2.5(2.51.18≒2.9)を差している。」(同8頁5~10行)と記載されていることが認められる。
上記事実によれば、本願発明において、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、・・・設定する」とは、スクロール圧縮機の固有容積比を当該スクロール圧縮機の設定条件として予め一定の値、すなわち、「ヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に定めておくことを意味し、運転条件によって結果として、このような容積比になることを意味するものではないことが明らかである。
(2) 審決は、「引用例に記載された発明において、運転時の吐出側の圧力Pd、即ち、凝縮圧力が、両スクロールラップ1b、2bに挟まれて形成される作動室の吸入完了時の容積Vsと吐出孔1dに通じる際の、即ち、圧縮完了時の容積Vidとの比Vrから定まる圧縮完了時の作動室の圧力Pidよりも高い場合、即ち、Pd>Pidの場合には、・・・Vr=(Pid/Ps)1/n<(Pd/Ps)1/nとなる」(審決書4頁11行~5頁10行)ことから、直ちに、「即ち、引用例に記載された発明は、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定されていることとなり、この限りにおいて、本願発明と共通している。」(同5頁10~15行)と認定している。
この点につき、被告は審決の述べる趣旨を釈明して、引用例発明は、運転条件によっては、圧縮完了時の作動室の圧力Pidがヒートポンプサイクルの凝縮圧力より小さくなる範囲が生じ、この範囲で不足圧縮となるのであるから、結果的に上記不足圧縮となる範囲では、引用例発明は、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に設定されていると主張する。
しかし、このことは、被告が、「運転条件によっては」、「結果的に」というように、引用例のスクロール圧縮機の固有容積比が、その設定条件として予め「凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下」に定められていること、すなわち、このような基準で「設定」されていることを意味しないことは明らかである。
また、引用例(甲第5号証)には、「本発明は・・・運転時の吐出側の圧力Pdが、容積比Vrから定まる圧力Pidよりも高い場合に生ずる損失効力を低減し、吐出側の圧力に依らず高い性能を得る。また高い吐出圧力を得る場合でも、容積比の小さなスクロール部材で運転することにより、スクロール部材のラップの巻数を減らし、外径を小さくすることにより、圧縮機の小型、軽量化を図る。これらの機能を備えたスクロール圧縮機を提供することを目的とする。」(同号証2頁右下欄12行~3頁左上欄1行)と記載されており、引用例発明が不足圧縮による損失動力の低減に着目し、スクロール部材のラップの巻数を減らし、外径を小さくすることにより、圧縮機の小型、軽量化を図るものであり、本願発明が「外径が小さく、かつスクロールラップの加工時間が短かいスクロール圧縮機を提供することを目的とする」(甲第2号証明細書6頁10~12行)ことにおいて、その目的が一致し、容積比が小さなスクロール部材を用いることが示唆されているということができる。
しかし、引用例(甲第5号証)の記載に照らすと、引用例発明は、上記目的を達成するために、「両スクロールラップの巻始め部内線の形状が、ラップ巻初め端から伸びる直線部とこれに続く曲線部からなり、両スクロールの上記直線部が接し、最内部の作動室の容積がゼロになった後次の作動室が吐出孔と連通する」(同号証1頁特許請求の範囲の記載)との構成を採用したものであり、スクロール圧縮機の固有容積比を本願発明におけるような基準に基づいて予め設定することをその構成とするものではなく、引用例には、このことを開示若しくは示唆する記載はないことが認められる。
また、被告の提示する特開昭56-124696号公報(乙第1号証)及び実願昭57-143409号(実開昭59-49790号)のマイクロフィルム(乙第2号証)には、スクロール圧縮機において、負荷が小さい場合に過圧縮による損失動力を低減するために、実質的な容積比を小さくすることが示されていることは認められるが、いずれも、スクロール圧縮機の固有容積比を本願発明におけるような基準に基づいて予め設定することを開示もしくは示唆するものでなく、他の手段によって実質的な容積比を小さくすることが示されているにすぎないことが明らかである。
(3) したがって、審決が、本願発明と引用例発明との対比において、両者は、「両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定する」において一致すると認定した点は誤りというほかはなく、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消事由2について判断するまでもなく、審決は違法として取消を免れない。
2 よって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)
平成5年審判第3534号
審決
大阪府門真市大字門真1006番地
請求人 松下電器産業株式会社
大阪府門真市大字門真1006番地 松下電器産業株式会社内
代理人弁理士 小鍛治明
大阪府門真市大字門真1006番地 松下電器産業株式会社内
代理人弁理士 松村修治
大阪府門真市大字門真1006番地 松下電器産業株式会社内
代理人弁理士 滝本智之
昭和59年特許願第134209号「スクロール圧縮機」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年 1月22日出願公開、特開昭61-14492)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1.手続きの経緯・本願発明の要旨
本願は、昭和59年6月28日の特許出願であって、その発明の要旨は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「渦巻状のラップが鏡板上に直立してなる固定スクロールと旋回スクロールとを〓合わせ、旋回スクロールを自転させることなく固定スクロールに対して円軌道運転させる自転防止機構を備え、前記両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの夏季冷房時の代表的な凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定するとともに、固定スクロールあるいは旋回スクロールの中央付近に設けた吐出穴に臨んで吐出弁を設けたスクロール圧縮機。」
2.引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭59-105986号公報(以下「引用例」という。)には、以下の発明が記載されていると認める。
「渦巻状のラップ1b、2bが鏡板1a、2a上に直立してなる固定スクロール1と旋回スクロール2とを〓合わせ、旋回スクロール2を自転させることなく固定スクロール1に対して円軌道運転させるオルダムリング9を備え、運転時の吐出側の圧力Pdが、両スクロールラップ1b、2bに挟まれて形成される作動室の吸入完了時の容積Vsと吐出孔1dに通じる際の容積Vidとの比Vrから定まる吐出孔1dに通じる際の作動室の圧力Pidよりも高い場合に生ずる損失動力を低減し、また、高い吐出圧力を得る場合でも、容積比Vrの小さなスクロール部材で運転することにより、スクロール部材のラップ1b、2bの巻数を減らし、外径を小さくすることにより、小型・軽量化を図るため、固定スクロール1の中央付近に設けた吐出孔1dに臨んで吐出弁を設けた空調用等の冷媒圧縮機に好適なスクロール圧縮機」
3.対比
そこで、本願発明と引用例に記載された発明とを対比すると、引用例に記載された発明の「オルダムリング9」及び「吐出孔1d」は、それぞれ本願発明の「自転防止機構」及び「吐出穴」に相当することが明らかである。
また、引用例に記載された発明のスクロール圧縮機は、空調用等の冷媒圧縮機として用いられることから、その吸入圧力はヒートポンプサイクルの蒸発圧力となり、運転時の吐出側の圧力Pdは凝縮圧力となる。したがって、引用例に記載された発明において、運転時の吐出側の圧力Pd、即ち、凝縮圧力が、両スクロールラップ1b、2bに挟まれて形成される作動室の吸入完了時の容積Vsと吐出孔1dに通じる際の、即ち、圧縮完了時の容積Vidとの比Vrから定まる圧縮完了時の作動室の圧力Pidよりも高い場合、即ち、Pd>Pidの場合には、
吸入圧力、即ち、蒸発圧力をPsとすると
Pid=Ps・Vrn
(n:ポリトロープ指数、断熱変化の場合にはn=k、k:比熱比)
であるので、容積比Vrは
Vr=(Pid/Ps)1/nと表され、他方、
凝縮圧力、即ち、吐出側の圧力Pdと蒸発圧力、即ち、吸入圧力Psとにより決定される容積比は(Pd/Ps)1/nであり、また、
Pd>Pidであることから、
Vr=(Pid/Ps)1/n<(Pd/Ps)1/nとなる。即ち、引用例に記載された発明は、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定されていることとなり、この限りにおいて、本願発明と共通している。
したがって、両者は、
「渦巻状のラップが鏡板上に直立してなる固定スクロールと旋回スクロールとを〓合わせ、旋回スクロールを自転させることなく固定スクロールに対して円軌道運転させる自転防止機構を備え、前記両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比以下に設定するとともに、固定スクロールの中央付近に設けた吐出穴に臨んで吐出弁を設けたスクロール圧縮機」
である点で一致し、次の点で相違している。
相違点:
基準となる容積比を決定するヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力が、本願発明では、夏季冷房時の代表的な値であるのに対して、引用例に記載された発明では、どの様な状況の如何なる値であるのか明かでない点。
4.判断
そこで、この相違点について検討する。
圧縮機に限らず、一般に、機械装置は、駆動損失の無いように高効率で運転することが求められているところ、冷媒圧縮機としてのスクロール圧縮機においては、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比が、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比より大きいと、圧縮完了時の作動室の圧力Pidが凝縮圧力Pdよりも大きくなり、冷媒ガスを過圧縮することになって、圧縮機効率の低下をきたすことになる。したがって、冷媒圧縮機としてのスクロール圧縮機において、スクロール部材の外径を小さくすることにより、小型・軽量化を図ると共にどの様な運転状況においても冷媒ガスを過圧縮することなくヒートポンプエアコンを全シーズンにおいて高効率で運転可能とするためには、両スクロールラップに挟まれて形成される吸入完了時の容積と圧縮完了時の容積の比を、ヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比の内の生じ得る最小の値以下とすれば良いことは当業者が格別の考案力を要することなく容易に想到するところである。そして、どの様な状況においてヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力より決定される容積比が最小の値となるかは、種々の状況下でヒートポンプサイクルを実際に稼働して上記各圧力を計測することにより見出だせば良い単なる設計的事項にすぎず、本願発明において、基準となる容積比を決定するヒートポンプサイクルの凝縮圧力と蒸発圧力を夏季冷房時の代表的な値とした点に格別の発明性はない。
5.むすび
したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年10月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)